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お布施と循環の心 お布施2

新興宗教はやめましょう





宗教の3柱
・お布施
・奉仕
・布教・伝道

について書いています。
繰り返しますが、私はあらゆる新興宗教はやめましょうと言っています。
教団維持のためのカネ集めが目的というのがほぼ実態だからです。
大事なのは己の魂の気づきと修正です。
仲間づくりや寂しさを紛らわすためなら、おかしな宗教に入るのはよしましょう。

前回の続きからお布施についてです。

--- お布施意識が思い上がりを生む ---

赤ちゃんを見て可愛いと感じるのは、大人が一方的に感じているのではなく、赤ちゃんが大人に施しているからと書きました。
赤ちゃんと親・・・「自分と相手」という視点でものごとを思考すると、間違いが起きやすいです。 図は3回ループします。↓
人間関係 相手 私 


私と相手、私と他人、私とあなた、私と子ども・・・対で見ることが必ずしも良い事とは言えません。
対というのは二極化です。「対」立を生みやすいのです。
自我の張り合い。相対。乱立。
対の関係で見ることの根本には、自分と他者を「別のもの」として考える意識があります。
上の図に示したように、対の関係では思いが一方通行になりがちであり、それが差別意識や憎しみ、恨み、妬みにも繋がります。
自分から発した矢印に固執が生じやすいのです。 → 自分があげた・与えた。
さらに悪いのは支配・被支配の関係を生じやすいという点です。

 あげる → くれてやる してやっている  ← 恩着せ、貸し、ツケ、思い上がり

このような負の感情や関係が湧いてくるということは、それはお布施とは言えません。



--- 親子関係 と 親と子の関係 の違い ---

・・・対の関係でなくとも、親と赤ちゃんにしても同様のことが起きてきます。
「自分」と「相手」という、対として捉えるからです。
対として捉えると、どうしても天秤にかけることになってきます。

親子関係とは言いますが、「親子関係」 と 「親と子の関係」 とでは、大きな違いがあります。
「親子関係」 とは、「私たち」という意識であり、ひとつです。親と子どもを包括して捉えているのです。
これに対し、「親と子の関係」では別々として捉えます。「私」と「子ども」です。
故に 「親と子の関係」 においては、どうしても天秤にかけてしまいがちです。
人間関係 対人関係 思考 天秤

この捉え方の危険性は、自己犠牲の記事としていろいろ書いていますが、ここでは昔ブログ記事にかいた、不治の病の赤ちゃんと親の祈りについて紹介します。→ 『不動のこころ』 。この記事では、私の命に替えても赤ちゃんの命を救って下さいという祈りは自己犠牲であり、神仏様はお喜びにはなりませんということを書きました。

・・・祈りや信仰、宗教というのは取引ではありません。 交換条件ではないのです。
そしてまた、自己犠牲をはらうことは、必ずしも良いことではないのです。
あなたが犠牲になって誰かを助けたとしても、助かった者はあなたの犠牲を背負って生きることを余儀なくされます。
どちらもが救われる道はないでしょうか?
愛とはなにかをよく見つめて下さい。


お布施をしたら救われるのではありません。
お布施をしたらいいことが起きるのではありません。
お布施をしたらいいものをもらえるのではありません。
お布施をしたら心が浄化されるのではありません。
お布施をしたらスピリチュアルな感性が向上するのではありません。

お布施 と 後利益 は天秤にかけて釣り合うものではないですし、そもそも天秤にかけられるものではないのです。

--- 巡り循環、相互作用がお布施 ---

物事はすべて循環しているのです。「相手」と「私」という認識を超えましょう。
私たちは同じ円周上におります。同じ地平の上にいるのです。
この世は心を磨くための演習場です。

自分と他者は、その円周上におり、どこにいるのかの違いだけです。「自分」と「他者」ではなく、繋がっていことに気づくこと・・・これが今の地球人には必要です。

思考 対人関係 人間関係 円


意識的にせよ無意識的にせよ、相互に影響し合っているのであり、一方が勝手に思っている だけ ということはありません。 
つまり、あなたがここに存在している「だけ」ということは絶対にありません。
必ず他の誰かがあなたの影響を受けていますし、誰かがあなたに影響を与えてくれていますし、誰かが見ています。
循環、相互作用、和・・・そういうものの内にあなたが存在し、それなくしてあなたはここに生まれていなかったのです。すべては巡りの中に繋がっています。
「孤独などと言うのは自分の思い上がりである」と私が常々書いているのはそういうことです。どれほどのご支援とご加護をいただいて生きているのかを思い知ることが大切です。

お布施というのは与えることです。
図(↑) の黄色い円周上で、与えたものは相手を通り、自分にも巡り返ってくるのです。
「親子関係」とはこのような状態のことであり、決して与えるだけの一方通行の関係(「親」と「子」の関係)ではないのです。
このように、因果が巡る状態で与えることが本来のお布施です。

見返りを求めたり、不満が生じるようなものはお布施ではなく強欲と言います。


この話は続きます。

よき光と共に在れますように。





コロナウィルス関連メモ
どうにも胡散臭いコロナウィルスについてです。
国民が動けない裏で、「動ける者たち」は何をしているのでしょうか? 
過酷な規制を敷くわりに、各国が実施表明している補償は、長期戦に対応できる対策と思えません。↓


アルシオン・プレヤデス89:致命的な新型コロナ、世界的封鎖、外出禁止、ワクチン、経済破綻

ネットで検索している人にはおなじみの情報だと思いますが、私個人のメモとして貼っておきます。


湖北日報 ~新型冠状病毒(新型コロナウィルス)~は2019年9月26日時点で確認されていた?
『湖北省人民政府のウェッブサイトに、去年の9月26日時点で「新型環状病毒(新型コロナウィルス)」に関する防疫訓練が行われたという記事が載っている。』

教育は未来の日本を担う人材育成の国家事業の大きな柱です。
 自分の国に誇りを持てない教育を推進し、教科書検定の偏向をおこなう文科省に強く抗議する。
文部科学省に関する御意見・お問合せ窓口案内


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