FC2ブログ
ブログランキング・にほんブログ村へ ←ポチっとして頂ければ喜びます。 

新興宗教 003 布教という名の傲慢

新興宗教はやめましょう


悪霊の侵入を禁ずる



私が新興宗教に所属していた時に、イヤだなと思っていたことのひとつ布教活動というやつでした。

集団で町に繰り出して、家のポストに新興宗教のチラシを入れて歩くのです。
これが死ぬほどイヤだったので、私は数回参加した後、参加するのをやめました。

また、私の所属していた新興宗教の信者の大人たちが、 
「いやぁ、わが宗はすばらしいですね」  と言っているのを何度も聞きましたが、
その素晴らしい宗教の信者として、あなた方の普段の生活、言行はどうのさ?と、
子どもながらに聞いていて恥ずかしくなりました。


新興宗教 勧誘 アイテム


なぜ布教活動が死ぬほど嫌だったのか・・・。
すばらしい宗教だと言っているその宗教が、もし本当に素晴らしいものであるのなら。
すばらしい宗教だと言っているその人自身が、もし本当に素晴らしいお人柄であるのなら。
他人は自ずから訪ねてきたり、質問してくるはずです。
本当に素晴らしい宗教なら自然と周囲の目に留まるはずです。

もし素晴らしい宗教に所属しているあなた自身が素晴らしい人物なら、
解脱したお釈迦様や、キリストとなられたイエス様のように、
周囲の人は自ずから寄ってくるものではないですか?
 


・・・この思いは大人になってからのものではなく、子どもの時からありました。
実際に口に出したこともありますが、お前は悟りが足りないと言われただけでした。



考えてください。

お釈迦様も弟子を持ちましたが、それは、ご自身が解脱したからこそなのです。
イエス様も弟子を持ちましたが、それは、ご自身がキリストとなられたからこそ
です。

新興宗教で布教活動をされている方々は、
ご自分が解脱されましたか?
ご自分がキリストになられたのですか?


あなた自身が解脱もできていない、
あなた自身はキリストにもなれていない・・・なのに布教活動ですか?
悟りを開く前のお釈迦様が布教したでしょうか?
キリストとなられる前のイエス様が布教をしましたか?

自ら悟りに達せず、自らキリストとなれていない身分の者が布教をする。。。
これはお釈迦様やイエス様の道を否定する行為、冒とくだと私は思います。
なによりも、あまりに傲慢な思考と行動だと私は思うのですが、どうでしょうか?


ここで初回に書いた宗教『団体』→ 宗教組織の弊害が問題となります。

花 ユキヤナギ 雪柳 春


布教活動を平気で行う心理の背景には、宗教団体という組織の力があります。
組織の一員として自分が守られているという安心感、優越感、独善感、特別感・・そういうものです。
それは次のような言葉によく現れます。
「この宗教にいれば、天国に行ける」
「この宗教に帰依していれば、ハルマゲドンを生き残れる」
「この宗教に属していれば、いい死に方ができる」
「わが宗教こそ最高であり、他宗は邪教である」

これらはすべて、自分の信心を棚に上げ、宗教団体の威厳を振りかざした妄言です。
宗教団体に所属しているという安心感からくる独善的で自己中的な思考。つまりは堕落といえます。


宗教団体とは切磋琢磨する道場であり、仲間づくりのサークル活動や、宗教を誇示するために存在するのではありません。
そもそもお釈迦様もイエス様も、宗教団体など組織していないのです。


当ブログでは何度も書いていますが、
信心とは、自分と神仏との関係であり、宗教団体と神仏との関係ではありません。
悟りを開くは個々人であり、≪宗教団体≫が悟りを開くのではありません。
信心は宗教団体、組織ではなく、個々の課題です。
ここの意味をよく考えていただきたいのです。


新興宗教に入会しようとしているなら、やめておくことです。
信心を深めることは、どこの宗教に属さずとも、誠心があれば誰でも何時でもどこででもできることです。
ましてや日本には、身近なところに神社があるのです。

信仰とはなにか。
信心とはなにか。
これらをよく見据え、悪しき新興宗教の餌食となりませんようにお祈り申し上げます。

新興宗教に関連する当ブログ記事の一覧です。→ ■・新興宗教はやめましょう。


南無遍照金剛




神々の光




関連記事
スポンサーサイト



新興宗教 祈り 信心 信仰


スキ間ビジネス - 副業、独立起業、在宅情報

Comment 0