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鐘を撞くのは誰?

日々雑感


私は、自分自身を 『鐘』 にたとえることがあります。


鐘


鐘には撞く人が必要です。

孤独を感じる人やさみしさを感じている人は、鐘を搗いていない状態かと思います。
鐘を搗いてくれる人が 『いないと思っている』 状態。
そういう人にとって生きる意味や楽しみというのは、誰かに撞いてもらう人生です。
他人に鐘を搗いてもらうことで生きがいを見出し、喜び、楽しむ人生。

ここで思うのは、鐘を搗いてくれる人を待っている人は、自分自身の人生を生きていると言えるのか?ということです。

さみしさ、孤独、かまって欲しい、私を見て欲しい・・・。
常に自分を搗いてくれる誰かを探し求め、かまってもらえないと寂しく思ったり、イライラしたり、ふてくされたり、いじけたり・・・。
誰も私を搗いてくれないからと言って、他人や環境を恨んでも、それは孤立を深める道です。

いつも「撞く」人を求め、探し、自ら撞こうとしない者には、気づきも感謝も幸福もありません。


クリスマス ベル 鐘



鐘にもいろいろな形、音色、大きさなどがあります。
どういう鐘がいいのかという趣味趣向は人それぞれでしょう。
鐘に対するそれらの理想は理想で良いと思いますが、鐘は撞かれることでその仕事を全うするものです。

そして鐘を搗くのは他人ではなく、自分自身であることを忘れてはいけないと思います。

自分の人生に鐘の音色を響かせるのは、他者ではなく、自分自身です。


南無遍照金剛




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