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自信がないのは「自身」がないから

印象的な言葉から
当ブログで書いていることは、同じことの繰り返しです。
取り上げる素材や表現は違いますが、根底にあるものは同じです。
自分自身を生き切ること。
自分の心の内に大黒柱を、御柱を立たせること。  真の御柱祭、自分自身の神事です。

いうまでもありませんが、自己中になれということではありません。


物事を考えるときに重要な視点が、私にはあります。次の通りです。
今の自分の人生は、自分が取捨選択してきた結果である。
今の自分の心の状態も、自分が人生で選んできた集大成としての結果である。
知らず知らずに選んできた選択肢もあったはずです。
あんなことしたくなかったけど強制的にやらされたのだとしても、その強制に従う選択をしたのは自分です。言い訳にはなりません。
すべては自分自身が選択をしてきた結果です。
意識的にしろ、無意識的にしろ、強制されたにせよ、自分で選んだにせよ・・・。

分かれ道 選択
世間を見ていますと、時々、必要以上の心配性の人がおります。
年齢は関係ありません。

そういう人を観察していると、私はふたつほど感じることがあります。
ひとつは、自分自身の芯のなさ → 自信のなさ。自分への信用のなさ。
もうひとつは、他者への信頼感のなさ、他人を信じる力のなさ 
です。





冒頭に書きました「自分を生き切る」というのは、自分自身を信用することでもあります。
自分自身を信用するからこそ信念や理想を抱くことができ、それに向かって歩む力も出てくるものです。
目標を信じる力とも言えます。

当ブログで何度も書いていますが、お釈迦様はご自分が解脱できたからこそ、解脱の道を指導することができたのです。
それと同じように考えますと、
自分を信用できない者は、他者を信用することはできない・・・と言えます。

自信ドンとこい落ち込む


実際、私自身の経験を考えてみますと、
自分を信用していない時にはオロオロしたり、ヤケになったり、イライラしたり、先を見通せなくて不安になったりしたものでした。




弱い犬程よく吠える とは言います。
これは「自信のなさ」であり、「自身のなさ」です。虚ろです。
自信を持てないのは、確固たる自身を持っていないからです。信念がないとも言えます。
自信のない弱い人間ほど弁を弄し、策を弄するものです。
被害者ビジネス、おかしな権利主張、おかしな平等論・・・信じる力の誤用と言えるかもしれません。

あじさい2019


学校のテストでいい点を取るためには、それまでに勉強が必要です。
ただ毎日をのんべんだらりと過ごしていては勉強ができるようになりません。
信じる力も、毎日鍛えていないと培われないのです。
自分を信じるにも、自分を信じられるように、日々の努力が必要だということです。


信じる力。
それは判断する力でもあります。
その人がいい人と信じる力であり、悪い人だと信じる力でもあります。
その人のこの部分は支持できるがこの部分は支持できないと区別できる力でもあります。
相手が悪いのではありません。自分自身の問題です。



信じる力を養える日々でありますように。
南無遍照金剛





大愚和尚という方の動画です。
自分を見つめなおす素材がたくさんです。↓


自分から心を開かなければ、人は心を開いてくれない



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