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ミニベロに乗ってポタリング♪アート、カラフル、キレイが好き。切り折り紙探検隊。

Category: 日々雑感   Tags: 育児      祈り  

さみしさ、孤独

孤独やさみしさについては、当ブログでは何度も書いていますが。
少し訳があってツイッターで孤独感についてツイートしました。
以下少し変えてまとめました。

ハスの花


孤独が認知症の原因になると言われていますが、これは物理的な孤独という意味ではありませんで、精神的孤独のことと思います。これは介護現場に10年以上関わってきた経験からです。
一人でいることは他者から見れば孤独かもしれませんが、重要なのは、一人きりだと本人が感じていることです。孤独や寂しさを感じている心です。

施設では、面会者が誰も来ない高齢者でもしっかりと過ごしている方がおりますし、家族が足繁く面会に来ててもさみしいと言って泣く高齢者もいます。

周囲にたくさん人がいても孤独感を感じることは、多くの人が経験しいると思うのですが、孤独感抱く事があるのは高齢者も若者も関係ありません。
精神的な孤立感、孤独感こそが負の感情のスパイラルに導くのであり、これの最終的な対策は、自分自身をしっかりと生き切るという覚悟だと私は考えております。

KP_Yoshimi (9)


孤独感というのは自分のことしか見えていない状態と思います。
どれだけ多くの人のお世話になって生かされているのかを少し考えてはどうかと。
赤ちゃんの頃には両親はじめ多くの人のお世話になってきたはずです。
食べ物だって、生きるために多くの命が犠牲になってあなたを支えてくれました。

日々買い物をするにしても、それを作ってくれた人がおり、運んでくれた人がおり、販売してくれる人がおります。それらはあなた一人ではできないことです。この一事をしっかりと思ってみるだけでも、一人きりなんてことはありません。多くの人が見えないところで支えてくれています。

とりわけ、あなたが今まで食べてきた生命たちは、文字通り命を捧げてくれたのです。
あなただけのために。
これだけでもあなたは、あなた自身をしっかりと生きる責任があります。
自分の命をないがしろにしたら、今まで命を捧げてくれた者たちに、どう弁解するのでしょうか?
このことは毎日の食事のときに、少し考えたほうがいいと思います。
食事は日々の神事です。
いただきますという言葉には感謝と共に、私は生きる!という覚悟が必要です。他の命を頂くわけですから覚悟がいるのです


生きる意思がない者は、食べないことです。
働かざる者食うべからず、という諺もあります。
働くというのは意識をもって生きることです。仕事などという薄っペらなモノの事ではありません。

arigato


生きる覚悟があるからこそ、多いに楽しみ、多いに悲しみ、多いに感動するのです。それが生命の働きではないのでしょうか。
高齢になって楽しみがないと嘆かれるヒトは少なくありませんが、死ぬまでが人生なのです。
年齢を重ねて多くの人と交わり、物事と出会い、より広い見識と思考を身につけていてもおかしくないものを、いい歳をして視野が狭くなり自分のことしか見えないとは何ということでしょうか。
なんと情けない年齢の重ね方をしてきたのか!と思わざるを得ません。
人との関わり、モノとの関わりを長年経てきたのですから、視野が広くなっていて普通です。
年長者を敬えとは言いますが、「敬える」に値するでしょうか。
ここは私自身への戒めを込めて書いております。

生きる意味が解らないという方は、今まで食べてきた生命体に対してご供養の気持ちで日々を過ごされてはいかがでしょうか?
自分のことしか考えてないのなら、食べてきたものを供養するなど、思いもしないかもしれませんが。

桜田門 桜


孤独やさみしさを感じる方の生き方は、誰かが鐘をついてくれて初めて音が鳴るような、鐘のような生き方です。撞いてくれる人がいないと自分が何者かわからず、ただ寂しい、孤独、誰か来て、誰か助けて・・・と。
他人任せなので、何かあるとすぐに責任を他者に転嫁しがちで、不平不満も多いです。
自分で選び、考えずに生きているので、人生に責任など感じません。すべては流されて生かされている状態です。
自分で選ぶのは外からの刺激に対する反射や感情だけなので、当然ながら状況や感情に振り回されやすくもなります。
これは自分を生きているとは言えません。

自分自身を生きるというのは、自ら鐘を撞く生き方です。
自分の足で歩む人生。そこには選択する責任、覚悟が伴います。
自分自身で考え、判断し、思いを行動に移す生き方ですから、間違いを犯したら反省、修正もするでしょう。
言うこと、行うことに慎重になると思います。

座禅



自分のことしか考えないから寂しいのです。
さみしさや孤独感というのは、自己中な思考が原因と私は考えています。
自分のことしか思えないからさみしく孤独で哀れなのです。
意識を自分のことに集中してしまうから行き止まってしまうのです。

自分以外の生命、モノに思いを向けて見ると、いつも支え、見守ってくれている事に気付かれるかも知れません。
どれだけ周囲に助けられているかを知る者は、知った分だけの感謝を持てます。
自分の中の光に出会えた人は、自分のことに集中しても光と共に在り、孤独やさみしさとは無縁です。
どれだけ自分が支えられているのかを思ってみましょう。

butsuzo


よき光とともに過ごせますように。
南無遍照金剛。
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