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日常でできる こころの修行

日々雑感

介護をしていると、人それぞれの感覚の違いを嫌というほど味わうことがあります。
着替えの介助一つにしても、できる限りその人にやってもらおうとする職員がおり、一方ですぐに介助して済ませる職員もいます。これは業務時間の兼ね合いも関係しますが、その職員の性格による部分もあります。
人の性格と、置かれた状況によって、その時の人の思いはコロコロ変化し、その場その場に順応しようとします。

当然ですが、その時の思いの状態によって、自身が作り出す環境の波動、フィールドが変わります。

言うまでもありませんが、最高のパフォーマンスが発揮されるのは、適度な緊張感に、少しのゆとりがある時です。
緊張が過ぎると心身がこわ張って動きが鈍くなりますし、気を緩めすぎると一瞬の判断が遅れます。時間に追われていると焦りが生じ、思わぬミスをしやすくなります。

どういう時に自分は切羽詰まるのか。どういう状況が苦手なのか。
日ごろからそういう自分自身を観察することで、対策は立てやすくなります。
そして、そういう観察を続けていると、自分自身の行動の基準がどういうものなのかが理解できます。
その基準は、果たして愛に基づいているのか、そうでないのか。
そこに気づき、修正することが心の修養ではないでしょうか。

春はかなき


生活即修行。

こころの点検材料は日常生活の中にごろごろ転がっています。
何事も意識することなしに修正はできません。
怒り、おごり、妬み、恨み、疑い、偽り、欲望・・・・そうしたマイナスの思いには、きちんと意識して向き合い昇華する必要があります。
良いとされる喜びや楽しみも同じです。

もし、誰かと競って勝った喜びや楽しみなら、それはもしかしたら優越感という驕りかもしれません。
誰かの悪口を言ってスッキリ爽快かもしれませんが、それは蔑みなので、健全ではありません。
欲しかったものが手に入って嬉しいかもしれませんが、それは貪りや欲望にまみれていないでしょうか。


不健全な思いをすぐに修正することはできないかもしれませんが、まずは自分の意識を光の下に晒すことが大切です。
繰り返しますが、何事も意識することで軌道修正ができるのです。
無意識のうちはなにをやっても「ただやっているだけ」です。無限階段を登るようなものです。

帰宅して携帯をポンと無意識に置いて、後でどこに置いたかわからなくなった・・・なんてことはないでしょうか。
携帯を置くときに「私は携帯をここに置いた」と意識をする。
これは立派な心の修行です。


佳き光と共に在れますように
南無遍照金剛

産屋炎上


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