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水と火による変貌

2015年11月09日
日本の面影 Glimpses of Japan 0
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人という字はそれだけでは「手無し」です。それはパソコンでいうならキーボードとマウスがない状態であり、神霊と交信できないという事です。即ちそれは動物としてのヒトであり、精神を抜いた肉としてのヒトでしかありません。
現代は、人もまた動物であると自らはばかりなくいう時代ですが、これはまさに肉のヒトの世界です。

人が人たる所以は、神々が自らに似せてつくったという言葉に象徴されます。
イエス様は「私は神の子である。そしてあなたがたもそうである」と仰いましたが、本来の人とは、神に似た者であり、そうなるように生きるのが「人」の本望でもあります。そしてイエス様の言葉通り、誰しもがイエス様のようになることができるという事です。

けれどその為には、神霊とつながるデバイスを持つ必要があります。人という字に手をつけますと、それは「火」という文字になります。火を宿すことで手が使え、日御子としての人となり、肉としての人から霊としての人に昇華できるようになります。


ueno


火と水は生命の根源です。水は事象として、火は霊象としての役目が大きいのかと思います。
そして水は分け与えるには限りがありますが、火は分けて与えても減ることがありません。永遠に続くものです。拝火教の教えが少し見えるような気がします。

麦に混じった毒麦を見分けるのは難しい。然れども収穫の時には毒麦は分けられ焼き捨てられる。。。


陰陽上下。。。真逆の真理。
有限なる肉の人と、無限なる霊の人。
火を身に宿すことで「火身」→ かみ に近づくという意味となり、それは肉としての人からメタモルフォーゼすると言うことになります。火のない人とはもはや次元が違う世界に入るということ。
み国は近づいた。悔い改めよ。

これは私が自分に言い聞かせている事ですので、ご了承ください。




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とみたや
Author: とみたや
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自転車に乗ってお散歩と写真を楽しんでいます。
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