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Category: 日本の面影 Glimpses of Japan   Tags: 聖徳太子    東国  太陽    

聖徳太子と「ひのもと」のこと

歴史は新たな遺跡発掘などで刻々と修正されています。

聖徳太子について少し調べていて、面白いものがあリました。
聖徳太子といえば奈良の法隆寺が有名です。斑鳩宮、太子道など、考古学的にも貴重な遺構がたくさんあります。
そして浪速:大阪には太子ゆかりの四天王寺があり、七星剣が納められているとか。
私はかつて京都にも奈良にもアクセスしやすい土地に住んでいたので、聖徳太子は馴染み深いのです。でもその反面、地方の伝承や神社寺院のことはあまり知られていないようです。

本日の聖徳太子のことは、埼玉県行田市荒木の天州寺です。
聖徳太子の木像が有名なようで、毎年2月22日に、この太子立像がご開帳されるお祭りだそうです。

行田市太子立像


そういえば千葉には蘇我という地名もあります。その近くの木更津には鎌足という地名もあったかと思います。鴻巣生出塚窯跡遺跡などで焼かれた埴輪は房総半島などにも運ばれており、その運搬範囲は広大です。これは地方豪族程度が云々の次元ではないように思えます。そして東に行けば鹿島、香取両神宮があり、共に太古からの歴史があります。

古代の朝廷が関西にあったという歴史認識には、私ははなはだ懐疑的です。
太陽を拝むなら東が良いはずです。
そもそも日本、ひのもとというのは太陽と共にあるのですから、文字通り東の国こそが ひのもと ではないでしょうか?
また、朝廷というのは朝に神々の宣託を受け、それに基づいて政(まつりごと)を行うわけですから、日の昇る東に行くほど聖なる場所とされるはずです。
そういえば聖徳太子は「日出處天子致書日沒處天子無恙云云」(日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無しや・・・)と書いた文書を隋に送ったという話もありますが、日の昇る国の聖地はやはり東国だと思いますがいかがでしょうか。

藤原の息のかかった『日本書紀』が東国人は鬼だの悪党だのと何度も書いているのは、東国の栄光を妬んだものと思われます。また、墾田永年私財法なども、東国に山ほどあった古墳の破壊、つまりは歴史の隠ぺい工作が目的と・・・個人的には思っています。

ともあれ聖徳太子さんの縁日はもうすぐです。

佳き光と共にあれますように。
南無遍照金剛


■関連リンク
せきどよしおの仏像探訪記・・・
鹿野山神野寺・・・関東最古の聖徳太子ゆかりの寺です。
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