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自転車、アート、カラフル、キレイが好き。切り折り紙探検隊。

Category: 日本の面影 Glimpses of Japan   Tags: 佐倉  印旛沼  猿田彦神社    

火皇子神社と猿田彦神社 参拝記録


4月22日は印旛沼まで、往復72キロ強という長距離ライドでした。

目的は、印旛沼猿田彦神社参拝です。

印旛沼界隈には 王宮神社、諏訪大明神、山王神社、愛宕神社など、

気になる神社が多数あります。

余力があればそちらも尋ねたかったのですが、無理でした。(^_^;)

今回、道程と時間を確認できたので、機会を見て行きたいです。


柏市から白井へは16号を下ります。

途中に小金牧牧士資料館と、立派な長屋門があります。

いつ見ても立派で感心します。



16号線をずっと南下して「島田」を左折。

61号を辿って「船尾町田」信号を右折。上り坂です。

丘上の東光院前を右に入れとiPhone のナビが言うので行ってみたら砂利道でした。(^_^;)

戻るのも面倒なので川沿いの砂利道をゆっくり進むと4号線に出ました。


直ぐ目の前左手に伸びる道を直進しますが、このまま進む幹線はどうも違うなと思いました。

左脇に入る細い道に迂回して、幹線下をくぐると・・・やはり正解でした。

山の田舎道のような雰囲気・・・すこし行くと毘沙門天が鎮座してます。

ここはかなり気になったのですが、先に進みます。




毘沙門天に隣接して多聞院があるとのことでした。






ここを抜けて直進すると、畑の中に神社があり、

それが今回の第一の目標、火皇子神社でした。




「ひのみこじんじゃ」と読むと思っていましたが、本殿改修碑には「ひのおおじじんじゃ」とあります。

ところが! 帰宅後に調べてみると・・・

なんと「ひめこじんじゃ」でありました!!Σ(゚Д゚ )ノ



実はこの「火皇子神社」、印西市大森440-1 にも同じ名前の神社がありました。

そちらは「ひのおおじじんじゃ」

御祭神も違うようで、これは大変紛らわしい!

実際いくつかのブログでも混同している記事がありました。

これはきちんと整理して頂かないと困ります・・・。

ここからは印旛沼北側をひたすら走り、船戸大橋を渡るのですが・・・

ご覧のとおり、歩道枠すらありません。

日本の道路行政は車優先です・・・弱者にやさしい道路を作ってほしいものです。



車に遠慮しながら、この弱者排除の橋を渡ると自転車道が見えました。



自転車道に入ります。



佐倉ふるさと広場 というところに出ました。

風車がかわいいです。



ここから猿田彦神社へ行く為に、さらに自転車道に入ったのですが、これは失敗でした。

自転車道は途中下車ができない構造で、やむなく自転車を担いで土手を降り、

神社のある対岸に渡ることを余儀なくされました。(^_^;)

渡った先は砂利道で、自転車は漕げません・・・

押して歩いて、本命の猿田彦神社に到着です。






意外だったのは、丘の上ではなく、かなり低い土地に鎮座している事と、

予想外に小さなお社だったことです。

ここは縄文海進の時は水底だったのでは?

・・・ということは場所が移っている可能性ありか。


因みに、上の写真の鳥居の後ろに写っているのは拝殿です。

本殿はその裏に鎮座しています。

ワンカップ酒などが無造作に置かれていました・・・。

宮司のいない神社へお供えしたものは、きちんとお下げして帰るのが礼儀です。

置きっぱなしは霊域が汚れてしまいます。


物を欲するのは悪しきモノです・・・これも霊の良し悪しを分ける目安。


人の身体もそうですが、霊も同じく、清らかな水が大事です。


それにしても、神社へ行くときはボロ布くらいは携帯して行こうと思いました。



帰りは整備された道を行きました。猿田彦神社の方を改めて写真に収めます。




帰りは、少し迷って佐倉市民の森を経由しました。先日の「やさしい風景」、旧増田家住宅です。

そして再び佐倉ふるさと広場。



帰りは全行程向い風になりました。

私の脚力の弱さもありますが、それ以上に相棒の Pacific-18 は向い風にめっぽう弱いです。。。

いくら漕いでもほとんど進みません・・・(^_^;)

お陰で帰りはおそろしく時間がかかりました。


これに懲りて、お尻が痛くならないパット入りインナーを購入しました。(笑)

さらに慾を言えば、長距離巡航用に自転車を追加したくなりましたが、

これは当面見送りです・・・。慾をかきすぎるとろくな事になりません。



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【 日 記 】

拝火教について、面白いものを見つけました。

かなり詳しく書かれているので、そのまま転記して記録しておきます。

元のソースは・・・おそらくすぐ分かると思います。



ベストアンサーに選ばれた回答
and_then_so_clearさん

ゾロアスター教は別名「拝火教」とも呼ばれ、儀式の際に火を焚くことを大きな特徴としていますが、日本でもお盆の「火送り」(迎え火や送り火を焚く風習)や、密教の「護摩焚き」など、火を使う儀式が数多くあり、これらの多くはゾロアスター教に何らかの影響を受けている可能性が極めて高いと考えられます。

お盆の「火送り」の風習は長い間、インドから伝わったものと考えられてきましたが、近年ではゾロアスター教徒だった「ソグド人」の風習から伝わったものとする研究が有力になっているようです。
お盆という言葉自体が、正式には「盂蘭盆会(うらぼんえ)」と言いますが、これは古代インド語の「ウランバナ」のことだと長年考えられてきました。
ところが、むしろゾロアスター教の母語でもあるペルシア語の「ウルヴァン(=霊魂)」を意味するのではないか・・・という説が出てきたのです。
私も田舎でお盆に火送りをするのを見たことがありますが、儀式の内容からすると、明らかに仏教よりもゾロアスター教の影響を受けている・・・と考えた方が妥当だと思います。
お盆以外にも、日本各地には「火」を使った特別な儀式が数多く残っており、ゾロアスター教との影響関係についてはまだまだこれkら研究がなされ、明らかになっていくでしょう。(その視点での研究がこれまでほとんどされてきていない。)

また、仏教の教派の中に「密教」というものがありますが、これもゾロアスター教の影響をかなり受けています。
ゾロアスター教そのものというよりも、ゾロアスター教と仏教両方の影響を受けて成立した「マニ教」と「ミトラ教」という宗教がありますが、これが東洋人には仏教と区別がつかずにそのまま仏教の一教派として受け入れられてしまった・・・と考えられます。
事実、「密教」という言葉は「ミトラ教」そのものを表しているという有力な説もありますし、密教の寺院に行くと、はっきりとマニ教の開祖である「マニ」(摩尼?というような表記)の名が記載されて祭られています。
仏教が中国や日本に伝来した頃には、他にもゾロアスター教・ミトラ教・マニ教・ネストリウス派キリスト教など多数の宗教がいっしょくたになって伝来しており、東洋人には区別がつかなかったために、なんでもかんでもごちゃまぜにして「仏教」として定着させてしまったのです。

もうひとつ言えば、仏教伝来以前の古墳時代の古墳から「七枝刀」と呼ばれる7つに枝分かれした儀式用の剣が出土していますが、これなどはまさにゾロアスター教の「神秘思想」の影響を受けたものではないのか思います。
いかんせん、日本ではゾロアスター教の研究が恐ろしく立ち遅れていますから、様々な明白な痕跡があるにも関わらず、なかなか注目されず具体的な研究が進んでいないように思います。


※追記:
ちなみに日本の自動車メーカー「マツダ」は、創業者の松田さんに由来するのですが、英語での表記はMAZDAと書き、ゾロアスター教の絶対神アフラ・マツダに引っかけています。
これが何を意味するのかは知りませんが・・・。

編集日時:2007/12/27 18:44:37

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