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Category: Foods!   Tags: 勝海舟  お茶  静岡    

お茶と勝海舟のつながり■お茶の雑学

珍しくドラマ『篤姫』をしっかりと観ているとみたやですが、そこに登場している勝海舟さん、私が敬愛する人物の一人です。

勝海舟さん


勝さんは明治新政府になってからは新政府の役職も勤めていますが、その一方で、職を失った旧幕臣の身の振り方にも尽力されています。その一つが、静岡県は牧之原台地の開墾とお茶の栽培です。

ちなみに、全国の緑茶の生産量の約50%を生産する、静岡県の中で最も広大な茶畑が広がっているのが、牧ノ原の台地です。茶園面積は約五千ヘクタール! もちろん日本一の大茶園です。

・・・・・で、職を失った慶喜公とともに多くの旧幕臣が駿府へ下りますが、勝海舟は、牧之原の気候・土質に適しているとして、栽培作物に茶を選定。中条景昭を頭とする武士たちが、勝海舟の助言を受けて牧ノ原の開墾にあたります。後に川越人足も加わっての大開墾です。静岡茶の親:中條景昭さん


江戸末期、アメリカなどとの貿易での主要輸出品は生糸と茶でした。当時、欧米では茶の需要が急激に伸びている時期でもあり、幕府に代わった明治政府も殖産興業の立場から、茶の輸出に力を入れようとしていた背景があります。

明治6年(1873)以降からは計画的な作付けが実施され、それまで茶は山間部などで生産されていたのですが、これを契機に平坦畑地に大規模茶園が見られるようになります。

明治10年の明治天皇地方巡幸の際には嘉賞を受けるほか、川越人足開拓の茶として品評会で入賞するほどに成長。

静岡茶を日本一の茶産地までに発展させた礎は、こんなところにあったのです。

★余談★幕末から明治初期の時期、国内で出来るお茶(緑茶)の約80%は輸出品でした。明治元年(1868年)の茶(緑茶)の輸出量は6,069トン!初めての輸出(1859年:安政6年)からわずか10年程で驚異的な躍進であることが分かります。

 氷川清話         海舟語録



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Comments
Edit★ハニープー0316さん・pippianoさんへ
こめんとありがとうございます。
勝海舟さんは港湾整備や旧幕臣の救済にかなり力を注がれていますね。学問への貢献も多大ですし。

静岡へ鹿児島から茶を持っていったのは知りませんでしたが、鹿児島のお茶おいしいですからね~、納得です。
Editこんにちは
勝海舟さんは、こういうところでも活躍なさってたのですね。
篤姫、私も欠かさず観てます。
なにせ、出が鹿児島なもので 。。(笑)

静岡で今、栽培しているお茶は
鹿児島から持っていったものが多いそうですね
鹿児島のお茶も最高です
EditRe:お茶と勝海舟のつながり■お茶の雑学(10/19)
へぇ~っ!!! 勝海舟さんと お茶って そんなエピソードがあったのですね
知らなかったわぁ
ひとつ 賢くなれました(。・ω・。)ノぁぃ
有難う♪
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