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自転車、アート、カラフル、キレイが好き。切り折り紙探検隊。

Sort by 02 2018

Category: 日々雑感   Tags: 教育  育児    祈り  縄文  

治安が悪いとおカネになる世界

先日動画を聴きながら作業をしていたのですが、気になる動画がありました。
最後に貼っておきますので、ご興味がある方はお聴きください。


当ブログやツイッターでは時々書いていますが、
おカネの悩みがなければ、この世界に深刻な悩みはほぼありません。

生活保護を受けれずに自殺した人は少なくありませんが、
どうしてそこまで追いつめられるのかというとカネの問題です。
ご自身のご家庭のことを考えていただければ、
9割以上の悩み、恐怖、不安は経済的なことではないでしょうか?
もしお金の心配がなければ、
残る深刻な悩みは何があるでしょうか?
一度書き出してみるといいです。


ueno


縄文時代、貨幣はありませんでしたが、
人々は豊かな食生活と精神文化を築いていました。
しかも驚くことに、一万年もそういう時代を過ごしているのです。
大陸では国家というものを作り、
王とその配下は民から税金を毟り取っていた時代になっても、
にほんでは税金などありませんでした。

大和朝廷と言われるものが、大陸の税金システムをにほん(倭)に導入しました。
これはにほんの歴史では大変大きな変換点です。

丸墓山2016


貨幣経済というのは、
常に何かを売り続ける世界、
消費し続けないと成立しません。
しかも価格の関係で機能を抑えたり、生産数を抑えたりという「引き伸ばし」をしたり、
消費しきれずに膨大な量のものが廃棄されています。
こと食べ物・・・・魚や肉・・・・に関しては、無駄に命を殺戮しているという事です。
農産物にしても、価格低下を回避するためにわざわざ廃棄しているような状況もあります。
まともと思えるでしょうか。

・・・とてもじゃありませんが、宇宙の法に適うものではなく
「経済」と呼ぶに値しません。


長くなりました。
以下、少し動画の中で話している内容を少し紹介します。


日本は割と治安がいいので、警備会社と契約する家庭はそう多くはありません。
治安が良いと貨幣契約が必要ないので、それは経済にカウントされません。
しかし、アメリカなどは治安が悪いと警備会社と契約する人が殆どです。
そこにはお金が発生するので、経済が生じます。
しかし、治安が悪い社会を「豊かな社会」と言えるでしょうか?



今の地球表面世界をまともと思っている人がどれほどいるのか知りませんが、
この世は苦であると申されたお釈迦様の言葉は大変に重たいです。
今の地球表面を見つめ、
修正すべきところを思ってみる・・・
そこから自身の日々の思いへの修正箇所も見えるような気がいたします。




南無遍照金剛。
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Category: 日々雑感   Tags: 教育  育児    祈り    

孤独と戦う方法 ~孤独感の住処~

孤独感はどこに住んでいるのかと言うと、自分の心の内にあります。
ですから、いくら身の回りにたくさん人を集めても、真の孤独感の解消にはなりません。
むしろワイワイ賑やかに過ごした後、とてつもない孤独感に襲われます。

孤独感は自分の中にいるので、それと向き合わない限り孤独感からは逃れることはできません。

teganuma_ashi


孤独感の原因を考えてみますと、自分自身に対する決意が足りないように私には見えます。
これはさみしいと言う高齢者とたくさん関わってきた私個人の感覚です。

認知症のトリガーはやはり虚無感、喪失感、さみしさなどが多いようですが、それらはすべて孤独感です。


では、孤独感がどうして湧いてくるのかというと、
これは自分自身と向き合えないことから生まれます。
自分自身と向き合えないことは、無明のひとつです。


自分自身と向き合えていると、孤独感など生まれません。
ここに自分自身が「存在して」「在る」からです。
自分が「在る」というのは、肉体としての自分一人がいるというのと違います。
そこには意思があり、意思は宇宙と繋がっているのです。
決して「自分一人」ではないのです。


孤独感は
「他者や他の生命への感謝の気持ちの欠如」
と言い換えることもできそうです。

孤独というのは自分本位の考え方です。

自分は愛されない。
自分は何もない。
自分はもっと評価されていいのに。
自分はもっと注目されるべき。
私を見て。
私を相手にして。
どうしてみんな私を無視するの?!
あの子はあんなに注目されているのに・・・!
・・・・こういう自己本位の気持ちが根底にあると思います。

求められれば気持ちよくなりホイホイなんでも請け負い、
求められなければ不安になり、孤独感に襲われてしまう。
妬みや恨みに発展する心です。

孤独感は、自分自身の人生を歩んでいないから生じるのであり、
自分の志向、思考を持っていないから生じます。
自分自身が、自分の人生を作っていくという意識が低いということです。

butsuzo 


人生はいつも自分自身が主人公です。
アニメやドラマや小説には必ず主人公がいます。
女性の多くはドラマの登場人物に感情移入して共感されるかと思います。
ドラマの主人公に感情移入するのは良いとして、では自分自身に感情移入しているでしょうか?

自分の人生というドラマの主人公は、自分自身しかおりません。
他の誰も代わりに主人公を務めてくれはしません。



最後に・・・・孤独感は排除すべきですが、孤独は排除すべきではありません。

イエス様の荒野の40日間、お釈迦様の断食苦行・・・
イエス様もお釈迦様も、孤独から悟りを開かれました。
お二方共に孤独な修行を経ておりますが、おそらくそこに孤独感はなかったと思います。
自分自身と徹底的に向かい合っていたのです。
誰しも自分自身の最奥は宇宙に繋がっており、そこに孤独感はありません。



ひとつ本を紹介します。
大好きな岡本太郎さんの著書です。
孤独感に襲われている方には、得るものがあると思います。
自分自身と向き合うヒントもたくさんあると思います。




よき光と共に在れますように。
南無遍照金剛。

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よい無意識 あしき無意識

愛の実践というのは、自分の心、言葉、行動、これらを意識することからと書きました。

修正すべき箇所 (問題点、課題、反省点・・・)は、よく観察をしないことには気づくことすらできません。

意識をせずに、ただ日常を過ごしているなら、快不快、喜怒哀楽に翻弄されて、ただ状況に反応して生きているだけの人間になります。
周囲の言動や物事の動静に反射反応しているだけなのです。
そこには自分自身の信念や思考、よきものになろうとする意志などが存在しません。

誰しも日々の心、言葉、行動には、いくつも反省することがあると思います。
それを忙しいと言って放置することは、油を使ったフライパンをそのまま放置するのと同じことです。
使った調理道具は都度洗って拭いたり水気を切ったりするはずですが、心は使いっぱなしで良いでしょうか?
野ざらしの自転車も、時々は雨よごれや汚れを拭きとって、時々油をさしてメンテナンスが必要です。心も時々汚れを拭きとり、油を差すことは必要です。
汚れた衣類をそのまま着る人もいないでしょう。洗濯をするはずです。心も時々は洗濯が必要です。

Dragon


認知症になった方で、「会社ではいい上司だったのに・・・」 と言われる方がおります。
大変失礼なことを書きますが、果たしてその方は 「本当に」 いい人だったのでしょうか?
その方は同僚や部下とは向き合っていたかもしれませんが、果たして自分自身とは向き合えていたでしょうか。



日本には○○道というのがあります。
それぞれのやり方で、基礎的なことからいろいろと学ぶことができます。
学びは試行錯誤ですが、基本に従ってやっている内に、感覚が磨かれていきます。
意識的にしてやっていたことが、無意識にできるようになっていきます。
基本的なことがある程度無意識にできるようになってくると、そこに自分らしさを加えられるようになります。


人の心も同じです。

いい習慣は良い波動を生み、いい波動はいいものと繋がりやすいフィールドを形成します。
いい習慣というのは、無意識でもよいものと繋がる 心、言葉、行動のことです。

無関心という悪しき無意識ではなく、
よいものと繋がる無意識を磨くほうがいいのではないでしょうか。

千鳥ヶ淵夢譚


以前 もりしたさん というブログ記事を書きました。
飲食店のホール係をされていた方です。
とても動きが優雅で無駄がなく、それでいて気配りが行き届いた方でした。
その動きはまるでステージで踊るダンサーのようでした。
日々の自己点検をしっかりされていたものと思います。
   該当記事はこちらからどうぞ。 ←今読み返すと文章が下手で、優雅さまったく伝わらないですが・・・。


「無意識」にも、徹底的に意識をした先に得られる 無意識の世界
ただ無関心に過ごす、低く暗い無意識の世界 があります。


どちらを歩むのか、これもまた宇宙は個人の自由にお任せくださっております。
宇宙はどこまでも強制などしない、自由を謳歌せよという愛の世界です。
その愛にどう応えていくかは、ひとり一人の心次第です。

よき光と共にあれますように。
南無遍照金剛。

食事と祈り


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意識と無意識

先日は、なにごとも意識の下に引っ張り出さないことには改善はできないということを書きました。
例えば以前のブログエントリーで、自転車が突然車道に出てくる危険について書いたのですが、路側帯を走っている自転車なら、車からも見えるので、自転車の進行方向はある程度予測することができます。
しかし、自転車が歩道を走っている場合は、車から自転車は見えないので、そういう自転車が車道に出てくると事故になる可能性が極めて高くなります。こういう自転車運転をする人は自殺行為ですので、厳しく処罰するべきと思います。

関連ブログ記事→こちら


意識と無意識の話です。

認知症の最大の要因 と私が思っているのが、この意識のあり方です。
身の回りのことにどれくらい意識を払って生活をしているのかということ。

マザーテレサさんは、愛の対極にあるのは無関心だといいました。
無関心というのは無意識と同じです。
無関心、無意識でいるというのは、気にもかけないということです。
気にかけないというのは、「お前は存在しない」と言っているのと同じです。

例えば道を歩くにしても、私が見ている範囲では、意識をして歩いている人は極めて少なく見えます。歩くことに哲学というか、意思を感じません。
無意識に歩いている人は、突然立ち止まったり平気でします。
たたんだ長傘を手に持ち腕を振って階段を上ると、後ろの人を突いたりする危険があることに気が付きません。
歩きたばこをしていても、灰や煙が後ろの人にかかるという事にも気づけません。

桜 千鳥ヶ淵 青


自分の行動、言葉、態度、声のトーン・・・・これらにすべてに、常に意識を配るのは不可能ですが、時々点検することはとても大切です。
言葉、行動、気持ち → 言行心 を見直してみることを、一日のうちに数分でも持てると、自分の意識や感覚が次第に洗練されてきます。
今まで気づかなかったことに気づいたり、相手の気持ちを一層よく理解できたり。


まずは自分の気持ち、言葉、行動 によく注意を払ってあげてみましょう。
そうすると、自分がやったことなのに、自分でないような感覚になることもあります。
自身の気持ちや言葉、行動に関心を向けること。
それは自分自身への愛であるはずです。


よき光と主にあれますように。
南無遍照金剛。

神々の光



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日常でできる こころの修行

介護をしていると、人それぞれの感覚の違いを嫌というほど味わうことがあります。
着替えの介助一つにしても、できる限りその人にやってもらおうとする職員がおり、一方ですぐに介助して済ませる職員もいます。これは業務時間の兼ね合いも関係しますが、その職員の性格による部分もあります。
人の性格と、置かれた状況によって、その時の人の思いはコロコロ変化し、その場その場に順応しようとします。

当然ですが、その時の思いの状態によって、自身が作り出す環境の波動、フィールドが変わります。

言うまでもありませんが、最高のパフォーマンスが発揮されるのは、適度な緊張感に、少しのゆとりがある時です。
緊張が過ぎると心身がこわ張って動きが鈍くなりますし、気を緩めすぎると一瞬の判断が遅れます。時間に追われていると焦りが生じ、思わぬミスをしやすくなります。

どういう時に自分は切羽詰まるのか。どういう状況が苦手なのか。
日ごろからそういう自分自身を観察することで、対策は立てやすくなります。
そして、そういう観察を続けていると、自分自身の行動の基準がどういうものなのかが理解できます。
その基準は、果たして愛に基づいているのか、そうでないのか。
そこに気づき、修正することが心の修養ではないでしょうか。

春はかなき


生活即修行。

こころの点検材料は日常生活の中にごろごろ転がっています。
何事も意識することなしに修正はできません。
怒り、おごり、妬み、恨み、うらやみ、疑い、偽り、欲望・・・・そうしたマイナスの思いは、しっかりと意識して向き合うことでしか昇華できません。
喜びや楽しみも同じです。その喜びは、誰かと競って勝ったものではないでしょうか。もしそういう喜びなら、それは優越感というおごりかもしれません。誰かの悪口を言ってスッキリ爽快かもしれませんが、それは蔑みではないでしょうか。欲しかったものが手に入って嬉しいかもしれませんが、それは貪りや欲望にまみれていないでしょうか。


すぐにそういう思いを修正することができないかもしれませんが、まずは自分の意識の光の下に晒すことが大切です。
繰り返しますが、何事も意識することで軌道修正ができるのです。
無意識のうちはなにをやってもうまくいきません。暗闇にいるようなものです。

帰宅して携帯をポンと無意識に置いて、後でどこに置いたかわからなくなった・・・なんてことはないでしょうか。
携帯を置くときに「私は携帯をここに置いた」と意識をする。
これは立派な心の修行です。

佳き光と共に在れますように
南無遍照金剛

産屋炎上


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Category: 日本の面影 Glimpses of Japan   Tags: 育児    祈り  初午    

明日は初午

明日は初午です。
伏見稲荷に行く予定でしたが、仕事の関係で行けなくなりました。
ということで、距離的に参拝可能な崇敬神社にはお参りに行く段取りでおります。

何度か書いていますが、稲荷神社の御祭神はキツネではありません。
稲荷狐さんは神様の眷属です。
稲荷狐さんは一般の狐の霊 → 野狐 とは違います。

伏見稲荷
豊川稲荷
祐徳稲荷
などは安心してお参り下さい。


inarikitsunesama

町にある稲荷神社の主祭神は下記のどちらかがほとんどのはずです。
・宇迦之御魂神様
・倉稲魂神様
どちらも 「うかのみたまのかみ」 と読みま。
同じ神様ではないようですが、いずれも古代から世界中で拝まれている神様です。
お稲荷さまとは


稲荷狐さんは神仏の眷属ですので、怖いものでは決してありません。
豊受大神様や常世岐姫様など、日本の正神の御使いです。

ikouinaridou


初午の一般的な解説ですが、ほとんど真実はないようです。↓
初午


和銅4年といえば、私が大好きな元明天皇の時代です。
インスタには書きましたが、私は元明天皇様の時代は、つい最近のような身近な感覚です。
同じ時代の 稗田阿礼 (ひえたのあら)様 も、大変親しみを感じます。時間が縮まったような不思議な感覚です。
元明天皇様は、阿閇皇女(アヘノヒメミコ)、阿部皇女とも書きます。この響きからはアベスターの齋という感じがします。
和風諡号は「日本根子天津御代豊国成姫天皇」(ヤマトネコアマツミヨトヨクニナリヒメノスメラミコト」とあり、この時代は倭の国が豊かに、いろいろと整備されたことが感じられます。豊受大神様も感じます。

話が脱線しました。

ともあれ、明日の初午は稲荷狐さんはじめ神仏にお気持ちを向けるいい機会です。
やさしい世界、穏やかな思いで過ごせますことをお祈りいたします。

南無遍照金剛。

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