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自転車、アート、カラフル、キレイが好き。切り折り紙探検隊。

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Category: 日々思うこと   Tags: 祈り    子育て  育児  教育  

この世とあの世

10月1日に腰をこっぴどく痛めてしまいました。
今もまだズキズキしております。
肉体はどうしても衰えていきますので、たいへん難儀なものです。

地球上の生活を終えて霊となっても、そのまま天国など行けるはずがなく、地獄でさまざまな苦しみに遭うのは必定ですが、肉体を痛めて思うことがあります。
それは、この地球での生活は仮の住まいの「うつし世」ですので、本来住むべき霊界からみると、
地球上に生を受けることはすなわち霊界での死を意味します。
子どもの頃からこの世はろくでもない世界だと思っていましたが、この世のさまざまな様相を知るにつけ、その思いはどんどん強くなっております。
お釈迦様が、この世は一切が苦である・・・と申されたとおりです。 ※「苦」というのは単なる苦しみのことではないようです。

光る葉


「魔界転生とは、生まれ変わっても地球に生まれることさ・・・・」

これはイエス様が「この世に勝った」と宣言されたことや、お釈迦様が解脱を説かれたことを思うと、真実なのです。

考えてみても、お釈迦様もイエス様も、苦行の末に解脱の境地を獲得されたわけです。
お二人ともに、私達より遥かに霊性の高い方々ですが、その方々ですら苦しみの果てにようやく・・・・です。

地球に生まれて、もともと持っていた光を、闇の者共に掴まれ堕ちていく人のほうが多いと考えるのが良いのかと思います。
光を回復できずに死んだとしたら、次に生まれてくるときには当然負の負債を抱えて生まれてくることになります。
今の人生でなにか不慮の事故に遭ったりすると、私だけどうしてこんな目に遭うのかと思うことも、前世からの功罪の結果です。そう思うと、事故や不運に遭った時にどのように思うかが、どれほど大切なことであるかが、少しは理解できるかもしれません。
罪の上塗りとなるか、少しでも負債の返済となるかは、今ここにいる時点での心の持ち方一つではないでしょうか。

この世での成功や失敗は、光には関係ないようです。
よき思い、穏やかな気持ち、感謝、感動、他者へのいたわり、思いやり・・・そういうものを持てているなら、それは負債の返済中と言ってもよいのかと思います。


私も、まだ耐えられる痛みだからこんなことを言ってもいられるのです。
耐え難い痛みを伴う時、ほんとうの心の強さが試されるのでしょうが、痛いのは嫌なものです。
腰を痛めてこんなことを考えております。

佳き光とともにあれますように。
南無遍照金剛。

神々の光

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