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ぽた☆Photo

自転車、アート、カラフル、キレイが好き。切り折り紙探検隊。

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Category: 日本の面影 Glimpses of Japan  

樋口一葉を訪ねてポタ1/2 ■本郷菊坂編 「ちいさな旅~お散歩・日帰り・ちょっと1泊(155766)」

廻れば大門の見返り柳いと長けれど、

お歯ぐろ溝に燈火うつる三階の騒ぎも手に取る如く、

明けくれなしの車の行来にはかり知られぬ全盛をうらなひて、

大音寺前と名は仏くさけれど、さりとは陽気の町と住みたる人の申き・・・・・・

小説『たけくらべ』より

一葉を訪ねて02

 

18896年11月23日。

24歳8ヶ月という短い生涯を閉じた樋口奈津さん。

11月に、五千円札の肖像で知られる樋口一葉さんを訪ねるポタリングをしました。

 

 

1894年12月「おおつごもり」を『文芸界』に発表

1895年(明治28)1月から「たけくらべ」を7回にわたり掲載。

その合間に「ゆく雲」「にごりえ」「十三夜」などを発表。

「大つごもり」から「裏紫」にかけての期間は「奇跡の14ヶ月」と呼ばれます。

 一葉終焉の地:本郷丸山福山町4番地

樋口一葉終焉の地

 

 

一葉が本郷菊坂に移ったのは1890年。

母と妹と三人での針仕事や洗い張りをする苦しい生活がはじまります。

翌年一月(明治24/1891)、小説『かれ尾花』脱稿。

同年、半井桃水(なからいとうすい)に師事

 

 

一葉を訪ねて01

1892(明治25)、桃水主宰の文芸雑誌『武蔵野』創刊号に小説『闇桜』発表。

同年5月西隣の六十九番地へ移転。

一葉を訪ねて04

ちょうどその頃に住まいしていたのが上写真。

とはいえ、写真に映っている建物ではありません。

【この建物も相当に古いのですがね。】

一葉が実際に住んだ家屋は現存してないのですが、

明治25年の転宅は、

上の写真撮影地点の左手(70番地)から右手側(69番地)に転居したことになります。

一葉を訪ねて05

そして先ほどの写真の右手手前には井戸が残っておりまして、

一葉も実際に使った井戸でございます。

一葉の時代は当然ツルベ式の井戸でした。

 

 

そしてここから歩いて数分の所に、

一葉が亡くなる直前まで通った質屋:伊勢屋がございます。

一葉を訪ねて03

当時の姿のまま残っているので、

ここに足繁く通った一葉の姿を容易に想像できます。

生活が苦しくなる度にこの質屋に通ったといいます。

 

 

生活が苦しくなる度に・・・と書きましたが、

書いた私は一度も質に通った経験がございません。

というのも、

質入できるほど価値あるものを持っていないからに他なりません。

ということは、

ある程度裕福でないと質屋に通うことはできないという事でもあるのでしょうね。

一葉が質屋に通ったことをこまごまと日記に記しているのですが、

彼女の意地や誇りが、ちょっと窺い知れる気がいたします。

実際のところはどうだったのでしょうか。

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