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自転車、アート、カラフル、キレイが好き。切り折り紙探検隊。

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Category: 日々思うこと   Tags:  祈り  教育    夢記    

ひとくぎり

夢記20190905
夜勤明けで横になってウトウトしていましたが、泣きながら目が醒めました。


あじさい2019-3



・・・フルヤマ氏ご夫妻と会いました。
この方は以前にもブログに書きました。
私が幼少のころから中学卒業まで、親のような愛情をもって接して、見守ってくださったご夫妻です。

久しぶりだから色々お話がてら、家まで歩きましょうと言って、
土塀にある引き戸を開けてくれたのはおじいさんでした。
このおじいさんは、フルヤマ氏のおじいさんのようでもあり、知らない人でもあるような印象で、はっきりしません。
とにかく、そのおじいさんが引き戸を開けてくれますと、
左手から緩やかにカーブを描いて奥に延びる単線の線路がありました。
線路に沿って草むらの中に道が伸びており、ところどころ水にぬれていました。

手賀沼朝景20150622


ぬかるみに気を付けながら歩きますと、すぐに屋敷に到着しました。
私は屋敷には上がらず、玄関下でいろいろお話を交わしました。
立派な階段を上がった高いところに大きな玄関があり、
屋敷までは長い廊下が伸びて、屋敷自体は見えないほど立派な構えです。

気が付くと私はまあるいお弁当箱のようなものを両手で持っていました。
空けてみると、箱は空っぽでした・・・。

フルヤマ夫人が 「孫でもいればいいのにね」 というようなことをつぶやかれた後、
「行きましょう」 といって奥に行こうとされました。
私は手に持った箱を渡さないといけないと思っていましたが、渡せずにいました。

夫人の姿が玄関から隠れた時に、「やはりきちんとお話して渡さないといけない」 と思いました。

玄関の石段の左手にも戸口がありましたので、私はその戸口から入りましたら、
ちょうど夫人がおつきの人と一緒に階段を下りてくるところでした。

私は意を決してフルヤマ氏夫人に
一応、ひと区切りですから、今までのお礼と感謝を・・・ と言いながら箱を渡しました。
お互い、これでもう一区切りですね・・・(これでひとまず、もう会うこともないね) という気持ちが交叉しました。

私はボロボロ涙があふれきて、フルヤマ夫人の顔を見ることはできませんでした。


私は泣きながら目が醒めました・・・。
ひとまず、フルヤマご夫妻と、その背景にある信仰の元との関係は、
私の中では一区切りをつけたのか・・・そんな気がいたしました。


起きてからお仏壇のフルヤマご夫妻にお線香をあげました・・・。


南無遍照金剛

蓮 不忍池


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Category: 日々思うこと   Tags: 育児  教育  祈り        

師の霊 と 霊能者のはなし

諸々の悪しき霊に伝える。私はあなたの僕ではない。弟子でもない。ここへの立ち入りを禁ずる。
私が求めるものは、真の光の神仏のみである。 

太田姫稲荷神社


本日は、私もお世話になった霊能者の方のお話です。

私の母が子犬をもらってきたことことがあります。
友人のオオタ夫人宅で子犬が産まれたから見てくると言って家を出てたのですが、
そのまま一匹の子犬を抱いて帰宅しました。
母はその子犬にヒメと名付けて可愛がりました。
すでにこの世の使命を終えて霊界に帰りましたが、ちょくちょく私にも姿を見せてくれます。m(_ _)m
→当ブログの記事:遣いの犬 

霊能者とは、このオオタというご婦人のことです。


花 オダマキ 



社会人になって働き始めました私は、わずか2年ほどで心身のバランスを壊して無為な日々を送りました。その時、オオタ夫人から、私が師としていた人~霊~が時々来ていると知らされました。

師というのは、私の高校時代の師というべき存在で、当時すでに故人でした。当時の私は、彼の書物などを唯一の心の拠り所として3年間を過ごしました。


オオタ夫人は、当時の私が所属していた宗教団体の神様を霊視して、「とても美しい神様が見える」と申されました。
しかし同時に、私の師は、泣きながら訴えてると言いました。
師が「わたしにも欲があった。」と、泣きながら詫びているというのです。



それを聞いた私は、さもありなんと思いました。
彼の言葉や文字は、人生の先に灯りを照らしてくれました。
生身の人に師匠と呼べる人を見いだせずにいた当時の私に、多くの気づきと学びをくれました。
しかしながら、彼の言動全てを盲目的に信じるわけにはいきませんし、実際、彼の言葉に盲従する気もありません。
・・・ここを間違う人が多いのです。

ハスの花


人は、偉大な人だと認めると、それに反論したり意義を唱えることを躊躇するようになりがちです。
それは不要な忖度であり、害なす「地位」の発生でしかありません。
必要以上の尊敬は害悪です。
必要以上のへりくだりも害悪でしかありません。


霊となっても自らの欲望を貫こうとする者あり。
霊となっても、何が悪いと開き直る者あり。
霊となっても地位や名誉にこだわり、他人を利用しようとする者あり。

死んだら終わりと思っている人は多いでしょうが、生きているうちに救いのない者に、死後の救いなどありません。

諸々の霊の話や体験を経て思うのは、霊になれば肉体の時よりも、欲望に流されやすくなるのではないかと感じます。
肉体の時よりも、霊の方が制約は少なく、その万能感からおごり高ぶり、自らの欲望に突き動かされる者が多いのではないでしょうか。
そう考えますと、肉体で生きているときに何を思い、どのような心で生きるのが大切なのかを、改めて考える次第です。



余談ですが、当時私が入院していた時に、医師から切開手術が必要と言われていました。そして手術を後数日後に控えていた時、私の母はオオタ夫人から 「手術は必要ありません」 と告げられて、私はすぐさま退院しました。
あやうく医師の興味本位から切開手術をさせられるところでした・・・。
多くのご守護を頂きました。感謝に堪えません。


南無遍照金剛
お釈迦様

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ページの紹介です。 白狐の話

本日は記事の紹介のみです。

インスタグラムやブログにもちょくちょく書いておりますが、稲荷神様の眷属である稲荷狐のお話です。
紹介するのは稲荷の総本山とされる伏見稲荷神社の関連のページです。

霊の世界を知っておくことは、ご先祖様への供養や、ひいては自身の死後の行き先の道標ともなろうと思います。
というのも、世間ではピンピンコロリがいいと、つまりは寝たきりにならず、認知症などにもならずにコロッと死ねるのがいいと言われますが、コロッと死んだ場合、自分が死んだと認識できないことが多いようです。
自分が死んだと思えない場合は冥土に行けず、当然生きているように振る舞います。これは霊的に見ると冥土に還れない迷子ということです。また、場所やモノ、人への思いが強すぎると、冥土に誘われても拒否し、執着する場所、モノ、人のそばから離れられず居座る地縛霊となったりもします。

古代蓮2016



以前にも書きましたが、311の後、タクシー運転手の多数が霊と遭遇したと言っております。これは亡くなった人が、自分はまだ死んでいないと思っていることに由来します。自分の死を認識できていないのです。
そういう意味では、死ぬ準備といいますか、心構えといいますか、自分の死をきちんと納めることが大切ということと思います。その為には、この世への執着をいかに手放していくのか、という心の練習が必要です。
これが私が常日頃書いている 心の点検 です。


霊の世界を信じなくともそれは自己責任ですが、霊の世界の知識を持っておくことは、死後の助けにもなろうというものです。
今回、下に白狐さんのお話をリンクしますが、そういう世界のあるのです。


白狐のお話 ← リンクをしております。クリックしてお進み下さい。

良き光とともにあれますように。
南無遍照金剛。




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Category: 日々思うこと   Tags: 供養  教育  育児    思い  ご先祖様  指導霊    

遣いの犬

311の後、タクシーの運転手をはじめ多くの人が幽霊を見たといいます。
関連記事をリンクしておきます。

結論から言うと、霊は実在しております。いるだけでなく、もれなく誰のところにも多くのご縁の霊が訪ねております。霊が訪ねて来ない人などおりません。
この手の話は敬遠されがちですが、今回は怖い話はしませんのでご安心下さい。イヌやネコなどのペットの話です。


つい最近、私が経験したことを書きます。インスタグラムにも書いたものをほぼ転載します。

2016年10月25日の朝方のことです。(インスタには24日と書きましたが、メールを見直すと25日で、記憶違いのようです。)
私は眠っていたのですが、夢にイヌが出てきました。このイヌは昔、母が可愛がっていたもので、名前を姫といいます。これが私の夢に現れたのです。
私は親しい方2名といたのですが、姫は最初、少し離れたところでお座りして私のことを眺めていました。しばらくして私の方に歩き始めたかと思うと、急に巨大化しました。
私どもは驚くこともなく、どうしたのかと思っていました。すると巨大化した姫が背中に乗れと言いました。私達3名が背中に乗ると、姫は四肢に雲をまとって空を駆け出しました。
どこに行こうとしているのか分かりませんが、とにかくすごいスピードで空を駆けているその時、目が覚めました。

姫ひめ犬

生前の姫と私の関わりはそれほど深くありません。
元は母が生まれたての子犬を友人宅に見に行ったのがきっかけです。ただ見るだけのつもりで行った母が、足先だけ白い、黒い赤ちゃん犬を連れて帰って来ました。驚きました。足袋を履いているような格好だったので「タビちゃん」と当初は呼んで両親は随分と可愛がっていました。

・・・その姫が私のところに来たので不思議に思いましたが、上記の経緯を考えると、母のことで何かお知らせに来たのだろうと思いました。とりあえず夕方に母にメールを入れておきました。姫が来たがそちらは変わりはないか、と。

l10月28日の夜、母から返事が来ました。
・・・それによると、25日は38度を超える高熱で寝込んでいたようです。(;´・ω・)

姫は母の体調が崩れたことを知らせに来たようです。
29日の出勤前に母の様子を見に行きましたら顔色もよく、意外と元気そうだったので安心しましたが、母自身は「もうこれでダメなのかと思っていた」と言っていました。
私は母が熱を出して寝込んだ姿は知りませんし、そもそも虚弱でいろいろな身体機能の苦労を背負っているのでさぞ堪えたろうと思いました。そして同時に、姫が私のところに来たことを、もう少し深く考えるべきだったと、今回の件では反省すべきことがあります。今回は姫の気持ちをきちんと汲み取れなかったなと思いました。
縁ある霊の思いを「きちんと受け止める」ことはなかなかに難しいのですが、少しでもきちんと受け取れる様になりたいと思います。



霊はいろいろな形で知らせようとします。
以前ブログにも書きましたが、私をかわいがってくださったおばちゃんは、なくなった時に私の両肩にしがみついて別れを伝えてくださいました。■関連記事はこちらへ。
介護施設では亡くなった方がよく来ました。そういう方が来る度に私は高熱が出て大変な思いをするので困るのですが・・・。
関連記事はこちら。
母の母が亡くなった時は、私は祖母の記憶は殆どないにも関わらず夢枕に立たれました。この時も急に高熱が出ました。

何はともあれ、どんな人にも指導霊や前世からの縁の方、ご先祖様、よくなついたペット・・・そういう方々が日々注意やご指導、お声掛けをして下さっているものなのです。大事なことはどうにかして伝えようと一生懸命に働きかけてくださってもいます。

霊などいない、見えない、聞こえない、信じないと言う人は現代は多くいますが、本人はそう思っていても霊はいつでも気にかけて下さっているものです。姫の話を通して、少しでも霊のことを認識していただけるなら嬉しいです。

そして、皆様の周囲にいろんな目に見えない方々が助けてくれておりますので、日々、思ってあげる時間が少しでもあればと願います。
供養というのは何も坊さんにお経を読んでもらうことではありません。一人ひとりの心の手向けが最良の供養となります。
坊さんには悪いですが、見ず知らずの坊主のお経より、縁ある者の心からの言葉のほうが嬉しいものです。これは生身の私達とて同じことかと思います。

佳き光とともにあれますように。
南無遍照金剛。

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Category: 日々思うこと   Tags: 育児  教育  道徳  あの世  幽霊      地獄  極楽  

あの世と転生を信じない者

あまりに哀しく、そして腹の立つことがありました。

本題の前に、よく考えていただきたいことがあります。
自分自身とは何者であるか?ということです。あなたの本質は何ですか?と問うた場合、なんと答えるのでしょうか。
輪廻転生を信じない方は、なぜあなたが今生きていてるのですか?生きているあなたは何者ですか?死んで無になるなら、生きていることも無ですか?
魂というのはあなたの本質で滅びません。滅ぶとしたら神仏に見切りをつけられて処分される時です。しかし幸いなことに、地獄で反省してやり直す機会が与えられているのがこの宇宙です。今の地球人はこの、宇宙の幼稚園程度のことすら理解できないのです。いかに地球人類が退廃したかを物語っています。

宝蔵門


本題です。
死ぬ前に輪廻転生をしつこく話しをさせてもらった婆さんが亡くなりました。その数日後、私のところにやってきました。寒いから助けてくれと言うのです。寒いのは言うまでもなく地獄に落ちたからです。魂となって肉体という緩衝材がなくなり、極寒の地獄を味わっているのです。肉体が感情や感覚の緩衝材になっているのですが、死ぬと肉体がないのでダイレクトに伝わります。
その婆さんに私は「あなたには死後の世界のことや転生のことを散々話したじゃないか。でもあなたはそんなものはない。死んだら無になるんだと一向に耳を貸さなかったではないか。今更死後の世界を知っても後の祭りだが、死後の世界があることが分かったことはせめてもの救いだ」と伝えて叩き出しました。
冷たく暗い世界に落ちたことを哀しく思いましたし、同時に、自分の不勉強を棚に上げて助けてくれと言うことに腹が立ちました。

ともあれこの婆さんは、齢94歳の時にはまだ自分で歩くこともでき、会話も普通にできていた幸せな方でした。しかし彼女は「もう何もできないから死にたい。」「生きていても意味がない」とずっと嘆くばかりでした。寝たきりで動けない人が一生懸命に生きている姿を毎日目にしていたにも関わらずです。
私はこの婆さんの「昔はひと夜に4人も取り上げたのに、今は何もできない」といつも言っている事に腹が立っていました。助産婦だったようです。昔の栄光をいつまでも手放せないのは執着=業です。手放せないがゆえに今の老いた自分を見ることができずに死にたいだのもう何もできないと言うばかりで、実際何もせず何も考えないのです。お先真っ暗とはこういう状態かと思います。何を言っても聞く耳を持ちません。こういうのをバカと言います。バカは聞く耳がないのでバカと言います。聞く耳持たないバカに費やす時間ほど無駄なことはありません。一般的な人間関係においては、さっさと見切りを付けることも必要ですが、私のように、介護に携わる場合はそうもいきません。一番忍耐を要するところです。

歳老いたから何もできない?・・・ バカ言うなの世界です。
寝たきりでもケアワーカーに色々教えてくれたジジババ様を私は数多く知っています。寝たきりだけど、一生懸命に自分でスプーンを取って食べようとしているジジババ様も知っています。朝早くヨロヨロしながら町会のゴミを拾って歩いている爺さんも知っています。何もできないと言いながら、施設内のゴミ箱のゴミを袋にまとめてくれる婆さんもいました。廊下のごみを拾って歩くことを日課にしているジジイもいました。


宝蔵門


はっきり書きますが、死後の世界はもちろんのこと輪廻転生は宇宙の基本で、厳然としてあります。
死んだら無になるなどどこの馬鹿かと言いたいです。そんな思いしかないから殺したり、他人の金を毟り取ったり、欲に任せて好き放題したりできるのです。

年老いて何もできないなら、社会のためではなく、残された時間は自身のことを考えることも出来るはずです。今まで社会に尽くしたのだから自分のことに使えば良いはずです。今までの人生を内省することは、死後と来世の糧、肥しにもなりましょう。なにが社会のために何もできなくなったでしょうか。自分に甘えるのもいい加減にしろ。

・・・あの世や来世などないという無知、固執、頑迷さ、偏屈な思い込みのまま地獄に落ちて、今更「寒い寒い、助けてくれよ」とはあまりに虫が良すぎです。信じなかったのはあなたじゃないか。あなたは死後の世界などないと言っておきながら、どうして寒くて苦しんでいるのだ?と問うてやりましたら、「私は地獄に落ちるようなことはしなかったのに!」と逆ギレです。呆れてものが言えません。これでは閻魔様の判決が間違いだと言っていることになります。閻魔様は神仏ですので、神仏の判断にイチャモンを付けているのです。天に唾するとはこの事で、バカも休み休み言えと……。 無知の極みです。今の地表人類を見ていると、こういう方は多いのではないかと思えますが・・・。 ともあれ地獄に落ちるようなことはしなかったなどと言うこと自体が自分自身に対する甘えであり、自分自身が見えていない証拠ではないか。
凡そ、「私は天国に行ける」などと思っている者に限って、他人様に迷惑をかけたことや世話になったことはきれいさっぱりに忘れているのかと思います。どれだけ他の人の世話になって生かされていたと思っているのか考えろと言いたくなります。

数日前の、あまりに腹立たしいことでしたが、ここの認識はとても大事かと思いブログにアップしました。

全ては自業自得です。何が神仏の光であるかはよく気をつけて過ごしたいものだと思います。チョウチンアンコウの提灯に釣られないように。
あの世ことと転生の認識は大事です。

南無遍照金剛。
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