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自転車、アート、カラフル、キレイが好き。切り折り紙探検隊。

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Category: 心の言葉◆Words   Tags: 感情  気持ち  言葉  いじめ  教育  学校  育児  

感情をわが子として扱う

3月の初めに「あらゆるものを否定してはいけない」というお言葉が来たのですが、
この言葉のことを、色々な局面で考えています。

今月(6月)は、怒りやイライラについて考える機会が多く与えられています。
その件でブログ記事の下書きをしているのですが、
感情とはいったい何か?という問いが浮かびました。

とりわけ負の感情とはなんでしょうか。
九つの黒星というのがあります。
うたがひと いつはり いかり おごり よく ねたみ ののしり うらみ うらやみ
私は、これらは悪しき心として、可能な限り排除すべきものと考えてきましたが、どうも違うようです。

天使と悪魔


感情も、宇宙が認めて存在している、出現できるのです。
ですから、感情そのものは善でも悪でもありません。
問題なのは、その感情を使う私たち一人ひとりです。

例えば怒りに任せて、非難してくる人を殴ったり、イヤなことをしてくる人を殺すのは、感情に溺れた行為です。
怒ったなら、その怒りの感情をどのように使うのか、非難されてイヤな思いをしたら、どのようにそのイヤな気持ちを使うのか。

光る葉


感情というのは、自分自身が産み出したものです。
言葉にせよ、感情にせよ、すでに産み出してしまったものを「なかったこと」にはできません。

産み出したものということでは、わが子と同じ存在です。
ということは、自分が産み出した感情は、どのように育てて、どのように終わりを迎えさせてやるのが良いのでしょうか。

arigato


感情を、狂気・凶器とせず、他者と自分を傷つけないように扱うこと。
これを模索することが、一人ひとりが向き合う人生の課題かもしれません。
言葉や感情を供養する心・・・そういうところに行きつくのかも知れないと思いました。

南無遍照金剛

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Category: 日々雑感   Tags: 育児    言葉  ブーメラン  

自ら病になりたがる者

言霊・・・ことだま・・・を信じてますか?

昔のことです。
老人ホームにに80代後半のおばあさんが入居されました。
彼女は出会った当初、手押し車でお買い物にも出かけていた方ですが、私が彼女と最初の数回会話を交わした後に思ったのは、この方はすぐに歩けなくなって精神的にも落ちていくということでした。
案の定、彼女は翌月からほぼ出かけなくなり、ほどなくトイレに行く脚力もなくなりました。
彼女の口癖は 「あー、疲れた」、「いやだな」、「面倒くさい」 でした。
彼女は他の人に褒められると「そんなことないわよ」と、相手の言葉が終わる前から否定していたのも特徴です。
彼女は良い面もたくさんありましたので、ヘルパー達もそういう面をいつも持ち上げたり、「ありがとう」と伝えていましたが、それもまた「そんなことない」と否定されるのです。



自分が発する言葉は、自分の耳を通じて、あるいは体内共鳴を通じて自己暗示をかけます。
言葉は自分が発するものですが、いったん外に出したものはすでに自分のものではありません。
一度外に出した言葉は、自分の耳を通して他者の声として戻ってきます。
人は、ここはよく認識されるべきです。

他人から否定されたらどんな気持ちになるでしょうか?
他人から罵られたらどのような気持ちになりますか?


自分が発した言葉は、そのまま自分自身に戻ってきて作用します。影響を与えるということです。

ブーメラン 


言葉を正しましょうとは道徳教育の基本でもあります。
お釈迦様の説かれた八正道のうちの正語にも通じると思います。

八正道



当ブログの冒頭記事では、物事は心から生ずると書いています。
言葉は心で思ったことが具現化したものです。
思うことは、すでに精神世界では現実化しているのですが、この世の物理原則のレベルでは「まだ生じていない」だけです。
言葉は心よりもこの世の物質界に近い存在ですので、言葉に出したことは、この世的にはより具現化しやすいということです。



冒頭のおばあさんの話に戻ります。
つまり、彼女は自ら歩けなくなるように仕向けたのです。
寝たきりになるべくしてなったのです。
そうなることが彼女の意志だった
ということです。
「疲れた」と言うことで自らをより疲れた状態にし、
「面倒くさい」と言うことで、何もしなくてもいい、動かなくてもいい状態に自らを導いたのです。


物事はすべてそうですが、言葉も単なる使い捨てではありません。
言いっぱなしということは絶対にないのです。
すべてはワの中に循環するもので、自らに還ってくるものです。
これを否定し、断ち切るところに苦が生じます。
自分が出した言葉も、相手が出した言葉も。

言葉一つですら宇宙の雫であることを思えるといいのかと思います。

宇宙 




南無遍照金剛。



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存在

昨年2015年の7月に頂いた言葉です。
FBには掲載したのですが、ブログにはなかったかと思います。



罪とは『愛の欠如』である。
愛は存在するすべてである。
自己を補完するために他者に学び、自己に欠けているものを持つがゆえに他者を愛し尊敬しなさい。
しかし自己はすでに完全であることも思いなさい。



愛というのは自己が決めるものではない。
そこに愛があるか否かという『存在』である。
ゆえに「愛する」とか「愛せない」という表現は、それ自体が誤りなのである。

愛の存在を感じることができるなら、それを思い、そしてそのように行動しなさい。
愛はいつでもあなたと共にあることを、それを忘れないようにしなさい。

20150728


佳き光とともにあれますように。
南無遍照金剛

宝石水


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あめつちのしんり 2

音や声による癒やしについてです。

私には歌を聞く習慣はありませんが、家にいる時はジャズやクラシックは動画サイトで再生しながら何かをすることはあります。ただ、ボーカルの入ったものは殆ど聞きません。これは子どもの頃からそうでした。私の子供の頃は松田聖子やトシちゃん、マッチなどアイドル全盛期の時代でして、学校では当然アイドルの歌の話などにもなるのですが、私はさっぱり興味がありませんでした。歌の上手な歌手やいい歌詞の歌はありましたが、いざ歌い手さんとなると、私の心に届く魅力的な歌声をもつ歌い手さんはいませんでした。

・・・先日とある方のブログで、『ある歌手』の発声法についての興味深い記事を読みました。内容的には言霊に通じるものを感じたので、動画サイトで『ある歌手』の歌を聴いてみました。

その 『ある歌手』は、当時も今も、一般的にはアイドル扱いをされているように思います。下手くそと酷評する者もいたそうです。。。 実際に私が聴いてみて思うのは、『ある歌手』の歌声は、私のイメージする「アイドルが唄う歌」のレベルをはるかに超えているということでした。私は専門家でもない、歌に関してはド素人ではありますが、初めて聴いた歌声に非常に感動を覚えました。アイドルなどではなく歌手です。
この歌声は何に由来するのかと思いいろいろと調べてみましたら、声を分析したブログがありました。音声波形などを使って詳しく解説されていて大変参考になりました。
この、『ある歌手』の特徴として安定したファルセットがあるようです。
■参考リンク→ Music Essays ++ by Shin 

そしてまた別の方の話によりますと、古代の言霊はあの巫女によって最大限に発揮されとのことです。耳の聞こえない者までが癒やされ、心身に不調のある者や病を患う者ことごとく声に癒やされたと言うのです。『ある歌手』の声は、その巫女の言霊の力には遠く及ばないながらも、同じ癒やしのパワーが秘められていると言うのです。
『ある歌手』は現在はすでに歌手としての生命を失っていますが、多くのファンに支えられて定期的に上映コンサートが開かれているようです。

ともあれ、あの歌声はほんとうに素晴らしいと思います。まるくやわらかな癒やしの声です。私もCDが欲しくなってきました。(^_^;)

・・・なお、『ある歌手』とは誰のことかはここでは書きませんが、タイトルと参考リンクを見ればすぐに分かるかと思います。




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あめつちのしんり 1

中学生の頃、ホーミーのことをテレビで知りました。ご存じの方も多いと思います。この独特な発声法は、中学生の私にはちょっとドギツイというか、率直に言うと『不快な音』でした。それ以降も、度々耳にしていた声楽ですが、今年になってちょっと気になってきました。

今年はいろいろなことを知る年となっていますが、その中の一つに『言霊(ことだま)』があります。そもそも言葉というのは文字よりも高次元の存在で。聖書においても
 『はじめに言葉ありき』《新約聖書「ヨハネによる福音書」第1章》
とあるように、言葉は実現力を持った絶対的な存在として表現されています。

そんなことからホーミーのことを考えると、なぜこのような発声法が生まれ、伝承され続けてきたのか? ということです。いろいろ調べていると、どうやらホーミーには癒やしの効果があるようです。人間の耳には聞こえない20kHz以上の高調音波が含まれ、聴く人の脳波をアルファー波に導く効果があると。脳波がアルファー波になると、人間はナチュラル、リラックス状態となり、本来もっている潜在能力が引き出され、集中力が向上、自然治癒力と免疫力が向上することなどが分かっています。



声による癒やしというと奇妙に思われるかもしれませんが、美しい声の歌を聴くと心が洗われる心地がしたりする経験はあるのではないでしょうか? 実際、ホーミーが病気を治すために使われていたこともあることが伝承されているそうですし、言霊や聖書の記述を見る限り、声が単なる音声であるはずがないと思います。

色彩治療というのがあるくらいですから、音声治療というのがあってもおかしくはありません。といいますか、実際に音声で心身の不調を克服された方もいらっしゃいますし、音声療法を実施している団体もあります。植物に音楽を聞かせたり、毎日声をかけてあげると生育が良いというデータもありますが、これも音声療法の範疇に入れてもいいかと思います。

真言密教の世界においても、言葉は重要です。言葉一つでさまざまな天海とのリンクをつなぎ、力を頂くことができるのです。ウーヤーターのこと、アーの真言など、声、言葉にまつわる秘密もまた、たいへんに興味深いものがあります。



関連リンク
ホーミー・ワールド



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