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    ぽたPhoto

    「知る」とは、判断すること ~思考の火~

    不正選挙などない。そう思っているなら、かなりこの世に洗脳されています。以前得票ゼロというのがありました。 ゼロです。 あり得るでしょうか?以前、当確の前に 「〇〇氏が当選しました」 とアナウンスされたことがあり、実際に〇〇氏が当選しました。こんなことが平然と行われていながら、「不正選挙なんてない」という者がいたら、重度の知能障害です。この世はカネの仕組みで動いています。カネ次第で、毒も薬として販売...

    天津火継

    天皇は地球という星の祭祀を司る最高司祭です。当然ながら、その威厳を利用しようとするバカが必ず現れます。大東亜戦争でも「天皇の軍隊」などとうぬぼれた者共が発生し、好き勝手しようとしましたし、2.26事件なども天皇を利用したバカどもの国家転覆革命でした。昭和天皇様は、そういう連中に大変ご苦労されたろうと思います。2.26事件の暴走制圧と終戦の決定と、昭和天皇御自らご判断されるということは異常事態であり、こ...

    天の雫

    天は「あめ」とも読みます。その雫が雨。水は生命の源。天より与えられし生命。そして肉体の内なる生命は火。体温、情熱、熱意など、人に関係するものは熱、つまりは火に譬えられます。生命が燃え尽きるという表現もあります。肉体の生命は火。天なる水と内なる火相反するものが合わさることで心霊の力となり動物としての人が霊的な人へと変貌します。その変貌は、一人一人が起こすもので、決して他人がやってくれるものではありませ...

    水と火による変貌

    人という字はそれだけでは「手無し」です。それはパソコンでいうならキーボードとマウスがない状態であり、神霊と交信できないという事です。即ちそれは動物としてのヒトであり、精神を抜いた肉としてのヒトでしかありません。現代は、人もまた動物であると自らはばかりなくいう時代ですが、これはまさに肉のヒトの世界です。人が人たる所以は、神々が自らに似せてつくったという言葉に象徴されます。イエス様は「私は神の子である...

    我孫子にも火が灯る

    少し前のことになります。8月24日は我孫子市の千勝神社から香取神社、滝前不動にお参りに行ってきました。その帰り、手賀沼公園でなにやら祭りがやっていたので寄りました。写真はすべてiPhone です。『竹宵』というお祭だそうです。初めて知りました。わたしが関東に出て初めて住んだのが我孫子市でしたが、自然環境に恵まれた大変気持ちのよい街です。竹宵ですが、HPを見ると、「九州臼杵市で十数年前に始まったまちおこしの...