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ミニベロに乗ってポタリング♪アート、カラフル、キレイが好き。切り折り紙探検隊。

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Category: 心の言葉◆Words   Tags: 教育  育児    アドラー  心理学  

魂のよろこびってなんだろう

私の高校時代の恩師・・・恩師といっても当時すでに故人でしたが・・・は、神仕えの方でした。
その方は、車や汽車で目的地に到着すると、手を合わせて無事を感謝したそうです。
日々の平穏、何事もない日常のことを、平凡は奇跡というようにありがたいことだと書いております。日々のこの平和な一日を、目に見えずとも多くの方々【もちろん人だけでなく、物や霊も含めてです。】が支えてくださっていることを思える心をもちなさいと教えてくださいました。

一日の平和を送れることは、膨大な支援があってこそ。
その平穏さ、平凡な一日、なんでもない一日は、まさに奇跡の一日といってもよいものです。
なにかで被災した経験がある方なら、身に染みて実感されることかと思います。



いい動画がありましたので下に共有しておきます。
自分の心の向きをよく見つめましょうというのは、当ブログの最大のテーマです。

佳き光とともにあれますように。
南無遍照金剛。





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Category: 心の言葉◆Words   Tags: 介護  認知症    教育  瞑想  自己啓発  心理学      

愛と認知症

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愛していると言いながら実は愛していないことがある。
この子のためと言いながら、実は子供のためになっていないことがある。

自分の心を偽り、騙し、隠すことを続けていると、それはいつしか習慣となり、性格にもなります。そうなるとまともな感覚はどんどん麻痺していき、どこかの国のような状態になってしまいます。
・・・このプロセスは認知症への道と重なります。
認知症は、自分の心をごまかし、偽り、きちんと向き合う姿勢が不足することが最大の原因です。

愛する人を亡くして認知症に堕ちた人を幾人か知ってますが、かの人たちは愛する人を失ったから堕ちるのではなく、自分自身を見失うから堕ちるのです。この愛は、利己愛であるといってもいいのです。
愛する人を亡くして「もう死にたい」というのは、結局は自分の愛の対象がなくなったことへのストレスであり、自己憐憫です。 「〇〇を愛していた」のではなく、「〇〇を愛していた自分自身を愛していた」のです。所有欲、利己愛でしかありません。愛する対照を通してしか自分を見ることができず、まことに自分自身の人生を歩んでいなかったということです。これは自分自身を愛することができなかったということと同義です。


愛というのは、己をきちんと知ろうとすることから生まれます。これは利己愛ではありません。
自分をきちんと知ろうとすることは愛の始まりです。


最終的に自分自身を守ってくれるのは自分しかいません。
最後に肉体の死を迎える時、誰も替わってやれはしません。
思うことも行うことも、最終判断は自分自身でしかできないのです。
誰かにそそのかされたにせよ、実行したなら、それは自分自身の責任は逃れられません。
なぜなら、自分自身を真に愛するなら、言行心ひとつひとつに責任を持とうとするからです。

シャボン玉


愛は自分の外にあるのではありません。自分の内にあるものです。
自分自身の内にある愛を拡大させて、自身を含めた周囲を包み込むフィールドが愛です。
故に相手だけに愛を求めることは破滅、自滅、利己愛です。
愛は感情や思い、思考ではありません。

自分の心を点検しましょうと何度もブログにも書いておりますが、人の心は転利しやすいからです。
転利というのは自分に都合よく解釈したり捏造すること。

この子のためとと言いながら怒鳴り散らす親は、結局自分のストレスを発散させているだけ。
叱るではなく怒っているのです。
その背後には私の言うことを聞きなさい→自分の思い通りに従わせたいという思いであり、自分本位の願望です。その子のためにはなりません。

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人の心は、自分自身の思いすら騙して転利しやすいものです。自分が表面で思うことは、自分に都合よく解釈してしまっている事が多々あります。 昔の人は齢を重ねるとそういう自分の心のことが見えていました。故に長老は人生の羅針盤、相談役になれました。現代の高齢者はどうでしょうか。

何もすることがなくなったと嘆く老人を何人も知ってますが、己の魂の探求をするには十二分に時間はあるはずです。
座禅のひとつでもしてみませんか。
現象界:この世のことだけに囚われていては仕方ありません。
この世は遊園地ではありません。→意味がおわかりでしょうか。


自分自身を突き詰めると、上っ面の自分とは全く違う自分自身と出会えます。
心の奥底にある神仏から頂いてきた光と出会えますことをお祈りいたします。

南無遍照金剛。

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Category: 日々雑感   Tags: 心理学  アドラー    人間関係    

アドラーさんと人間関係学

浄化


久しぶりに本屋さんに立ち寄りましたところ、アドラー心理学の本がずらりと並んでいました。アルフレッド・アドラーさん【Alfred Adler】です。
本屋のキャンペーン? それとも最近は注目されているのでしょうか?

心理学といえばフロイトが有名ですが、私はハナから彼の心理学は否定しています。(^_^;)
ともあれ、久しぶりに心理学の本をパラパラと読んだのですが、私にとっては特に目新しい内容ではありませんでした。というのも、基本思考が本に書かれている内容とほぼ同じだったからです。
彼のことは名前しか知りませんでしたが、数冊パラパラと読んだだけですが、度の本からも慈愛に満ちた雰囲気を感じました。

心理学というのは、人間関係学といってもいいかと思います。
それは自分と他者の関係ではありますが、本質的な所は自分自身との付き合い方です。これはダイエットをされる方は実感として理解できるかと思います。心理学、人間関係学は自分自身の感覚を通して、それを他者との関係に映すことだと私は考えています。

私は後輩に「自分自身を生き切ることが大事」とよく伝えます。お釈迦様のお話が好例です。悟りは他人が開いてくれません。お釈迦様が説法できたのは自分がまず解脱できたからです。自分が解脱できなければ、他人を解脱させることもできません。自身の感覚アンテナを大きく広げていれば、いろいろな事象がアンテナにかかります。それを取捨選択してどう扱うかは自分自身の問題です。そういう自分自身の感覚経験を通して、どうすれば他者が気持よく過ごせるか、どうすればこの人の感覚にマッチした助言ができるかと、感覚を自分の外へ外へと広げていきます。
その為には自分自身のよいところ修正すべきところ、日々の行い、思った頃、言葉遣いを省みることはとても大切です。

ともあれ私がどうこういうよりも、アドラーさんの言葉を読んでみるのも良いかと思います。
最下段に本のリンクも付けましたが、今はネットでも多数のヒントが得られる時代です。
いくつかアドラーさんの言葉を抜粋です。↓

行動するたびに叱られ、褒められて育った人間は、
叱られるか褒められるかしないと行動しなくなる。

「よくできたね」と褒める必要はない。
ただ「ありがとう」と感謝を伝えるだけでいい。
感謝される喜びを知れば自ら進んで周囲に貢献しようとする人間になる。


間違いを指摘するのではなく、原因追求という吊し上げをするでもなく、こんなやり方はどうかな?と提案してみよう。嫌な思いをせずに人を育てる最良の方法である。

判断に迷ったらより多くの人間に貢献できる方を選べばいい。
自分よりも仲間たち。
仲間たちよりも社会全体。
この判断基準で大きく間違うことはまずないだろう。



佳き光とともにアリますように。
南無遍照金剛。














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