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お釈迦様のこと 2

仏教は宗教ではありません。

仏教という宗教団体をつくったのは後世の人です。
お釈迦様は、人の道を、「生きること」を説かれておられます。
これはイエス様も同じです。イエス様はキリスト教などつくっておりません。

以前にも書きましたが、お釈迦様は仏教徒ではなく、イエス様はキリスト教徒ではありません。
もちろん「教祖」などでもありません。
「教祖」などというのは後世の人がかってに作り上げたことを忘れてはいけません。
なぜこの点を強調するのかと言いますと、人は権威や常識などに、たやすく洗脳されるからです。一度洗脳されると、違う考え方を受け入れらなくなり(固執・執着)、不快感から批判、攻撃するようになりがちだからです。
とどまる水は腐敗するのと同様に、思考も、とどまり凝り固まると、そこから腐敗してまいります。腐敗は毒となり、心も肉体と同じように毒されてしまうものです。


先日も、自称仏陀の生まれ変わりと寝言を言っている降伏の下学のバカタレどもが、うちのポストに冊子を入れていきました。٩(๑`^´๑)۶  妄信するバカどもでは霊的現象は見えないと思います。しかし霊眼でみればこれは悪しき波動と臭いにおいをまき散らしており、テロと同じことです。 こんなことをしている者には何か起きるかもしれませんが、なにが起きても「わたしが何をした?!」 などと喚かないようにしてください。自業自得です。


お釈迦様のお話は、生きる助け、指針となると思います。
なにが良きもので、なにが良くないものかという、自身の心を分ける強力なツールとなるものです。
そしてそれは「仏教」ではありません。
地球に生きる生命体、なによりヒトとして、どのように生きるのが良いことなのか。
いまこの肉体に乗っている自分自身にとって、いまの役割、できることはなにかということは、人それぞれに違います。
自身の能力を卑下せず、誇張せず、恨まず、羨まず、ただ自分自身としての生き方を見つけることは、人生において大事なことと思います。

自身の心を見つめる時間を、一日の中で30秒でも持てると、心の感じ方が変わると思います。




佳き光とともにあれますように。
南無遍照金剛。

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お釈迦様のこと

巨人族というと、バカの戯言と思われるかもしれませんが、日本にこれほど浸透している仏教の祖:お釈迦さまは身長が1丈6尺あったことは有名です。1丈6尺というと約4.8メートルですから、これはもう巨人と呼んでいいかと思います。まさに大仏です。これがもしただの作り話としたら、世界中に同じ話があり、巨大な仏像が作られているのはどうしてか?と逆に疑問です。

そしてもう一つ疑問なのは、日本にこれほど仏教が浸透している理由です。国策としてはもちろんあったかと思いますが、やはりお釈迦さまは日本に来たからだと思います。地名にはお釈迦様にまつわるものはもちろんですが、その弟子たちに因む名前の場所もありますが、地名に残るというのは大きな縁がなくてはありえないので只事ではないのです。
アカデミーでは巨人を否定している者もおりますが、世界中で巨人の痕跡が発掘されているので、巨人はいたというのは事実のようです。

そのお釈迦様が説いたお話が仏教として体系化されて残されたわけですが、大切なのは、お釈迦様は仏教信者、仏教徒ではないということです。これはイエスさまがキリスト教徒ではないことと同様に、宗教を考えるときにはとても大事な認識です。

この世は欲に絡む悪魔との戦いの日々です。
ヘビに巻かれないよう日々を気をつけて過ごしたいと思います。
南無遍照金剛。

不忍池夏景


以下は私的メモです。


四聖諦
4つの諦(たい)を示す。これらは,「苦集滅道」と略称される。
・苦諦(くたい)・・・・・・この世は一切が苦であるという真理。 → 今の地球表面世界は魔界。
・集諦(じったい) ・・・ 苦には原因があるという真理。
・滅諦(めったい) ・・・ 無常の世を超越し,執着心を断てば,苦は滅するという悟り。
・道諦(どうたい) ・・・・滅諦に至るための修行の方法として,八正道を知ることを意味する。

釈迦はこの四諦のそれぞれを「示・勧・証」(知る・実践する・確認する)の「三転」から考察し、神々と人間を含む衆生の中で「最上の正しい目覚め」に到達したと宣言するに至ったとされる。


八正道
八聖道,八支正道とも。
原始仏教で重視された涅槃(ねはん)に至るための実践徳目で,釈迦の最初の説法における四諦(したい)の中では道諦に当たり,またその内容とされる。

正見・・・見解、立場
正思・・・思惟
正語・・・言語行為
正業・・・行為
正命・・・生活
正精進・・努力
正念・・・想念、精神
正定・・・精神統一、三昧


お釈迦様が入滅してかなりの歳月が経ってから仏典が作成されましたが、幸いな事に仏典結集という偉大な事業があったため、お釈迦様の説いた内容は大きく道を外れずに伝わりました。

第1回仏典結集
伝承によると、ブッダ入滅後、王舎城(ラージャグリハ)郊外に500人の比丘(阿羅漢)達(すなわち、五百羅漢)が集まり、最初の結集が開かれたという(五百結集または王舎城結集)。このときは、摩訶迦葉(マハーカーシャパ)が座長となり、阿難(アーナンダ)と優波離(ウパーリ)が、それぞれ経(経典)と律(戒律)の編集責任者となった。マガダ国の王アジャータシャトル(阿闍世王)が大檀越としてこれを外護(げご)したといわれる。また、文殊菩薩は十大弟子とも親しく、この結集に参加したとの伝承がある。

第三回仏典結集
南伝によれば、ブッダ入滅後200年にあたるマウリヤ朝第3代アショーカ王(阿育王)の治下、華氏城(けしじよう、パータリプトラ)で1000人の比丘を集めて行われた(千人結集)。紀元前3世紀半ばとされる。
北伝の説一切有部の伝承では、紀元後2世紀頃クシャーナ朝のカニシカ王のもとで、カシミールの比丘500人を集めて開かれた結集があったとされる。
アショーカ王、カニシカ王は、共に日本に深い縁のある方です。


涅槃 (ねはん)
サンスクリットのニルバーナの訳。原義は吹き消すこと,また消えた状態。
転じて煩悩の火が消え,智慧が完成する悟りの境地をいう。仏教の最終目的。
漢訳では滅度・寂滅・円寂などとも。

転生輪廻
六道(ろくどう)、六趣とも。
地獄
餓鬼
畜生
阿修羅
人間


骨と肉のあるものに転生すると言われます。故に鳥豚牛を喰らうことは、かつて人間だった者を喰らうことになります。→食人




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